幻の七五三写真入りの年賀状

息子の5歳の七五三、家紋までがっちり入れた着物を揃え、近くの写真スタジオで記念写真を撮ります。
着物を着て、髪の毛をセットした息子は、おおーなんと男前なんだろう!!親ばか全開で「カワイイー」を連呼し、パチパチと写真をとってもらいます。
「家紋、ちゃんと写っているかな?」なんて素人なのに、カメラマンの撮影を横目で確認しながら、我が子の成長に嬉しさ倍増です。
今回の年賀状はこれできまりだな、少し横になり斜め上を向いた息子の晴れ姿、友達にも見てほしい気持ちがこみ上げてきます。
いつもの年賀状は、家のパソコンで印刷していますが、やっぱり、家だと画像が悪いし、今回は、奮発して、印刷を頼もうと、さっそく、発注します。
12月上旬、まっさらな年賀状が届き、うん、やっぱり、プロだな、と、画像の美しさに関心しながら、宛名を手書きで頑張ります。
いつもは、年末に必死で作成していましたが、今回は余裕があり、提出が始まる日に出そう。
こんなに、年賀状でワクワクしたことなんてないよね、と思っていたとき、電話が鳴ります。
母からで「おばあちゃん、急変して亡くなったから」という内容でした。
以前から入院していた祖母が亡くなりました。
もちろん、悲しみがわいてきましたが、どうしよう、年賀状、、、。
私、嫁にきているしな、大丈夫かな?なんて、いろいろ考えていましたが、主人に一言「提出は無理」
あたりまえだよね、年末、なくなく、喪中のはがきを書き、すぐに投函。
幻の年賀状は、今も家で眠っています。

音信途絶えていた友人からの年賀状

中学校以来からの友人でもう30年来のお付き合いになる彼女の年賀状にまつわる思い出です。
毎年年賀状一杯に色々な事を書いて一年を過ごした事を報告する年賀状でした。
彼女から今年はどんな出来事を書いてくるかと心待ちにもしながら投函しましていました。

ところが二年前の事です。
出した年賀状が住所該当なしで戻ってきました。
何の事か何が起きたのか驚きで一杯でした。
大学卒業以来実家に帰った私と彼女は都会暮らしをしてそれぞれ結婚しました。
子育てしている時も相談したり家庭の悩みをお互い話したりと心を開いて話せる友人でした。
それなのに何の話も聞いてないし頭が混乱する中電話を入れても現在使われていないメッセージにますます混乱してしまいました。

いつもどうしたのかと気にかけながらいましたが今年の年賀状が届いたのです。
どっと涙が溢れてしまいました。
旦那さんが脳梗塞で倒れ入院生活を送っていた事、幸いリハビリまでこぎつけリハビリ施設のある土地に引っ越しした事等書き添えてありました。
すぐ電話を入れてお見舞いを言い大変な生活だったこと聞いて泣きながら話ました。
突然来なくなった年賀状でしたが二年後には又お互いの近況を報告し合って、お付き合いが続いています。
今はお互い友人の幸せを噛みしめています。

初めて書いた年賀状に感動!それに対しての安い年賀状の俺

とても親しい友人に子どもが生まれて、それからは毎年ファミリー写真付きの年賀状をもらっていました。
親しくない人からの写真の年賀状は困りますが、仲の良い人からだと嬉しいものです。

さて、それから何年かして、その年は写真の年賀状がないなと探していました。
あれっと思ってよく見ると、その友達のお子さんからの年賀状が来ていました。
たどたどしい字で子どもが時間をかけて書いた形跡のある年賀状がありました。
話を聞いてみると、何とか、あいうえおの字が書けるようになり、初めて年賀状を書いたのだそうです。
お母さんが代筆して、いつもの写真の年賀状に名前だけ書こうね、と言うのも聞かなかったらしいです。
自分で一から書くから見ててと言って頑張って書いていたらしいです。

ところどころ読めないところはありましたが、それでも十分意味も想いも伝わる素敵な年賀状でした。
今までもらった年賀状で、自分が子どものころを除くと、こんなに一生懸命書いた年賀状をもらったのは久しぶりで、とても感激しました。
だんだんメールになったり、印刷のみになったりするご時世ですので、この年賀状の破壊力は抜群でした。
手書きの力って改めてすごいものだなと感じました。

私もそれに対してのお返しのつもりで毎年年賀状は送るようにしていますが、
最終的には年賀状印刷が安いネット注文でのオーダーばかりになっており内心恥ずかしいなと思います。
感動した子供の年賀状を比べると、結局は安さ優先か、俺は!を突っ込みたくなりますが、背に腹は代えられません。
でも安いって言っても数年前と比べるとデザインのクオリティも各社上がってるし、安い年賀状とは向こうも思ってはいないことでしょう。